生きづらい人が読んだ面白本

面白かった本のレビューです。ちょっとクセのある本が多いかもです。

『ドリンキング・ライフ』byピート・ハミル

(※ネタバレありです)


◎はじめに
休日に豊島区中央図書館に行った。
ぶらぶらしているとリサイクル本コーナーが目についた。
東京では一部の図書館で不要になった本を利用者にゆずってくれる制度があり、機会があればありがたく利用している。

リサイクル本棚には2冊しか本が残っていなかった。
『ドリンキング・ライフ』と題された単行本を手に取って内容を調べるとアイルランドアメリカ人が断酒を決行するまでの半生を記した自伝のようだ。
「断酒」がテーマというのは酒好きにはあまりググっとこないし、酒に興味のない人はそもそもこの本を手に取らないだろう。
「だから誰にも引き取ってもらえなかったのかな・・・?」
「でも、もしかしたら面白いかも・・・」と思いながら、もう1冊の文庫本とともにもらっていくことにした。

 

◎テーマ
実際読んでみると大変読みごたえのある本だった。
しかも断酒のくだりは435ページ中、最後の10ページに満たないのだから。
では何がこの本の主要なテーマとなっているかというと、複数ある。
アイルランド人とは?
・父と息子の関係
・男の子の成長ストーリー
・3つの戦争
・職業選択
・神との関係
・酒との関係 etc.

 

アイルランド人とは?
著者のピート・ハミルは1935年生まれのアイルランドアメリカ人である。
ニューヨークのブルックリンで育つ。移民の多い貧しい地域だった。

小学校にあがると級友から「おまえは何人か?」ときかれた。
それまで自分はアメリカ人だと思っていたが、このときから出自を意識するようになる。
両親ともにベルファスト出身のアイルランド人である。
賢く優しい母親は質問に対して何でもていねいに教えてくれる。
アイルランドは800年前にイギリスに占領されてしまった。
アイルランド人の言葉と宗教は破壊された。
が、1916年に大きな反乱をおこし、32ある郡のうち26郡からイギリス人を追い出した。残り6郡もいつか取り戻すだろう。」
ベルファストではプロテスタントカトリックが憎みあっていて、昔イギリス軍を後ろ盾にプロテスタントカトリックを殺したり、焼きうちしたりする暴動がおこった。

本書には他の人種がアイルランド人を呼ぶ蔑称がときどき登場する。
「学歴のない、ブルックリン育ちのアイルランド人」
アイルランド人の飲んだくれ」

この不名誉なあだ名は故のないものではない。
ピートの周りのアイルランド人で大学に進学するものはほとんどいない。
大学進学を希望するだけで「変わり者」とみなされるような社会だった。

ピート・ハミルの父親には行きつけのバーがあり、しばしば足腰が立たないほど泥酔して帰ってくる。
物語は著者が4歳の頃の記憶からはじまっており、幼少の子供には父親に何が起こっているのかわからない。
わかるのは母親がそんな父親を見て悲しんでいることだけだ。

そのうちピートも11歳で酒の味を覚えはじめる。
飲酒は父親の問題だけではなく、ブルックリンのその界隈の悪習で男子は集団からつまはじきにされたくないと思ったら一緒にビールを飲むほか選択肢がない世界だったのだ。
近所には日常的にアイルランド人が集って仲間うちで騒いだり歌を歌って盛り上がるバーが何軒かあり、大人になるとそこに通ってさらに飲酒の習慣を深めていく流れができている。
みんな貧しい労働者で生活の憂さや悲しみを、酒を飲むことで発散させているのだった。
アイルランド人はうれしいときも、悲しいときも、なんやかや理由をつけて酒を飲む。
また家で一人酒ではなく、バーなどで集まって飲むのが堂々とした男の飲酒スタイルだとみなされており、集まって飲むとついつい酒量が増えてしまうという悪循環がある。

またアイルランドアメリカ人社会の退嬰的な価値観として、「中庸のレベルから突出した者は傲慢の罪を負わなければならい」、出しゃばりすぎてはならない。生涯自己の分を守れば、死後天国で報酬が与えられる。群れから離れるな。といったものがあり、自己否定こそが最高の美徳だそうだ。
昔の日本のムラ社会を思わせるような価値観だ。
野心を抱いた少年は責められる。
少女はもっと悲惨で、将来は「キリストの花嫁か、人の母親になる道しか」選べない。

 

◎父と息子の関係
ピートは母親を尊敬して親密で良好な関係をきづいているが、本当におしゃべりしたり、頭をなでたり、ほめてもらいたい相手は父親である。
父親は育児を母親にまかせっきりで、仕事と、男同士のバーでのつきあいを家族よりも大切にしている。
本書には、ピートの父親への強い関心、自分のことを認めてほしい、愛してほしいという切なる願いがつづられている。
私自身は娘であり、父親との頻繁な交流はなかったものの一切欠乏感はなく、むしろかまわれるとうっとうしいくらいなので、この息子-父親関係は理解できなかった。
が、男性にはすんなりと理解できるのかもしれない。

 

◎男の子の成長ストーリー
女の子の成長ストーリーと男の子の成長ストーリーはやはり違うと思った。
11歳で性的な変化を経験し、それから周りの年上の男の子たちからいろんな話を聞かされる。女の子が欲しくていてもたってもいられなくなる。
ピートの場合は、そのうずきも、満たされないときは酒の力をかりて紛らわしていった。
とにかく何かといえば酒だのみなのだ。

 

◎3つの戦争
ピート・ハミルの生きた時代は戦争の時代だった。
第2次世界大戦が終わったとき10歳で、すぐに朝鮮戦争が始まった。それからベトナム戦争で、身のまわりにはいつも戦争に関する話題があった。
父親も仕事を失い、家族は食べ物に窮して大変な苦労をした。
戦争は、漫画の内容、子供の遊び方、ものの見方、職業選択にも自然に影響を及ぼしている。

 

◎職業選択
最終的な職業を選びとるまでの長い長い遍歴が詳細に記されている。
著者は、小さいときにコミックにはまり、将来は漫画家になると決めた。
小学生のとき小遣い稼ぎのために新聞配達をした。
12歳のときに食料品店で働いた。
その頃から図書館がよいをはじめ、漫画家になる修行をつんだ(結果作家修行にもなった)。
エリートが通うハイスクールの奨学金を獲得して、入学した。
コミックストアで探偵小説に出会う。女性とつき合う。政治的な集会に参加する。
グリニッチ・ビレッジに通い、ボヘミアン的な自由な生活に憧れる。
政治、芸術、書物、女、そして酒にますますのめりこむ。
名門ハイスクールを中退する。
父親にすすめられた海軍工廠プログラムの試験を受け、合格する。
海軍工廠に勤め、部屋を借りてついに自立する。
自室やバーで絵を描きつづける。
「コミック・イラスト画家養成スクール」に入学する。
デッサンのモデルといい仲になる。
17歳のときGI奨学金にひかれて、生活を立て直すために、ロマンを求めて、海軍に入隊する。
海軍では酒を友に放埓な生活を送る。
除隊して広告代理店の制作部門の校正係にまる。
コミックを卒業して、新聞を読むことにはまる。
メキシコ留学を思いつき、メキシコシティカレッジに入学し、絵描きの技術を学ぶ。
酔っぱらって暴行事件を起こし逮捕される。
保釈中にニューヨークに逃げ戻る(9か月ぶり)。
先の広告代理店に復職する。
絵よりも文章を書くほうが多くなる。
詩を文芸誌に投稿し採用される。
ギリシャ語の雑誌でプロのフリーライターとしてデビューする。
新聞を熱心に読みつづける。
『ポスト』の編集長に手紙を書く。
それが縁で『ポスト』の社会部で働くことになる。
26歳のとき結婚する。
印刷工組合がストライキを起こし100日以上仕事を干される。
その間、書いた記事を高額で他社に売る。
自分に雑誌の記事を書く才能があることを発見する。
仕事はどこでもできることになったので、ニューヨークを離れ、スペイン、ダブリン、ローマ、サン・ファン、メキシコシティ、ラグナビーチ、ワシントン、世界中の各都市で暮らす。
その間、長女、次女が誕生する。
『ポスト』のコラムを書きはじめる。

 

◎神との関係

著者の周りのアイルランド人はカトリック教徒である。
ピートも表面的には善良なカトリック教徒を完ぺきに演じていたが、心の中ではカトリックの教義を信じられていなかった。
たしかに宗教の教義というのは実際に現実の問題とひとつひとつ照らし合わせてみれば理屈がとおらないものだ。
理屈っぽい人と宗教は相いれない。

 

◎酒との関係

子供のころから常に酒が身近にあった。
著者は酒とどんどん親しくなっていき、切っても切れない関係になった。
仕事と酒とバーも仲が良い。
60年代はベトナム戦争アメリカ社会の中心にあった。
バーは避難所になった。
バーに深入りすればするほど家庭は壊れていった。
別居ののち、離婚した。
酒量は増え、仕事に支障をきたすまでとなった。

31歳のときに著者はシャーリー・マクレーンと知り合った。
シャーリーの世界には、仕事に支障をきたすまで酒を飲む人間はいなかった。
酔っ払いは軽蔑の対象だった。
シャーリーの父親は大酒飲みだった。
彼女は知的で、ユーモアがあり、政治にも関心をいだいていた。
女優として、シャーリーは人間の行動を徹底的に分析しようとした。
・「彼はなぜそういうことをするのか?」
・「彼は何に傷ついたのか?」
・「何が彼をひねくれた人間にしたのか?」
・「彼の望みは何で、それをなぜ実現できないのか?」
著者はそれらの質問を自分にあてはめて、考えてみた。

37歳のときに著者は酒をやめた。
ずっと家族関係はうまくいっていなかった。
妻や子供を傷つけた。
手が震えるレベルまで健康が悪化していた。
本来の自分と、酒を飲んだときの自分のあいだには奇妙なギャップがあることに気づいた。
何かの役を演技しているような感じが嫌だった。
仕事と酒にストイックなシャーリーと交流することで、自分の姿を客観視できるようになり、ピート・ハミルは酒と決別した。